第1章「桐壺」(2/2)藤壺
藤壺だという。じつに姿様子が怪しいまでに思い出させなさる。この方は人として位階がまさっており印象が華やかで、人も貶めて言うことができないのでそのままに受け止めて飽きることがない。あの方は人の認めがなかったから、お心ざしがあいにくのこととなったわけなのだろう。思い紛れるとはなかったが、自然にお心は移って、こよなく思い慰めるようなのも憐れなことであった。 源氏の君はお近くを去りなさらないが、さらに頻繁にお渡りになるお方はもう恥じ堪えなされない。どちらのお方も俺は人に劣らんと思っているのではとあり、それぞれにまあ目出たかったが打ち大人びなさるとそれは若く美しげであり切に隠れなさるがおのずから見させていただく。 母の御息所も影すら知っておられないのに、とてもよく似ていらっしゃると典侍が言っているのを若いお気持ちでじつに憐れだと思い聞きなさって常に参りたく、親しく拝見させていただきたい、とお思いになる。 主上も限りないお思いで、疎んじにならないでください、怪しくよそへ聞こえているような気持ちがする、上から見ていると思わずに可憐にしていてください、顔つき目などはじつによく似ていたから、通っておみえになるのも似気なからずなむ、などとお頼みしておられたので、幼い気持ちにもはかない花紅葉につけても心ざしを見え奉る。こよなく心を寄せてきこえなされば、弘徽殿の女御そしてこの宮ともお仲が余所余所しいために、それに加えてもとからの憎さも立ち出でて「これは」と思ったのだった。 世に類いなしと拝見しなさり名高くいらっしゃる宮のご容貌にも、なお匂わしさは例えようもなく美しげであるので、世の人は「光る君」と呼んだ。藤壺はお並びになり、ご印象も様々なので「輝く日の宮」と呼ばれた。 この方のわらべ姿はもう変えたくないと思ったが、十二才で御元服をなさった。居出立ちを思い営んで、決まりのある事に事を加えさせなさる。一年前の春宮の御元服、南殿であった儀式、よそおしかったお響きに落とさせなさらず、所々の饗宴など内蔵寮や穀倉院など公事にお仕えになる、疎かな事があってはととりわけての仰せ言があって、清らかさを尽くしてお仕えになった。 いらっしゃる殿の東の廂、東向きに椅子を立てて冠者の御座と引き入れの大臣の御座が御前にある。申の時になって源氏は参りなさる。みずらをお結いになったお面つき、顔の匂い、様子を...