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対局

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第三章「空蝉(うつせみ)」前半部分より 《人物》 男性:主人公 女性一:ヒロイン「わが心懸くる」人 女性二:対局者「西のお方」 小君:主人公を案内した「コギミ」屋敷の「小さな人」 《語句》 中柱:壁から離れた柱「ナカバシラ」 綾:斜格子 単衣:上着の下に着る服「ヒトエ」一重 二藍:紅花と藍の紫「フタアイ」紅藍 持:囲碁用語「ジ」引き分け 劫:囲碁用語「コウ」繰り返し 伊予の湯桁:愛媛道後温泉に数多く設置された格子状の木枠「無数にあるもの」 《参照》 与謝野晶子(1878-1942)訳『源氏物語』(1912-1939) 「源氏物語の書かれた重要な人物には、男女とも、すべて名が記されていない」(1913) ・・・  東の板戸に立たせてさしあげて、自分は南の隅の間から、格子を叩いて大声を上げて入った。屋敷のご婦人が「露骨です」と言うのだ。 「なぜ。こう暑いに、この格子は下ろされてる」と聞くと「昼から西のお方がお渡りになられて、碁をお打ちになっている」と言う。  では向かい合っているのを見よう、と思ってゆらりと進み出て、すだれの間にお入りになった。  入ってる格子はまだ閉ざさんで、隙間が見えるに。  寄ってそのまま西側を見通しなさると、境に立ててある屏風は端の方に押し畳まれていて、遮るはずの衝立なども、暑いからなのか、布が上げられていて、はっきりと中が見られる。  火。近くともしている。  居間の中柱に寄った人。 「これが我が心を懸ける人なのか」とまずは目をお止めになると、濃い綾模様の単衣重ねなのか、何であろうか上に着て、頭の細やかな小さな人が、何気ない姿をしている。顔などは、差し向かっている人などにもわざと見えないようにしていた。手は痩せ痩せであり、かなり引いて隠しているようだ。  もう一人は東向きなので、余すところなく見える。白い薄いシルクの単衣重ねに二藍の上着のようなもの、無造作に着ておいて紅の腰紐を結んだ際まで胸を顕わに、傍若であるスタイルだよ。真っ白くいい感じに、つぶつぶと健康的で、そろぞろとした雰囲気の人だ。頭から顔にかけてどこか輝くようで、目もと口もとに愛らしさがある、花のような容貌だ。髪はすごくふさふさとして、長くはないけど、下の端、肩のあたりに清潔感があり、全体にねじけたところが全くなく、いい感じのする人に見えたよ。 「なるほど親が世界一に思うわけだ」とお...

光る君、二番目の母

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第一章「桐壺」後半より 藤壺: 一.光源氏の二番目の母。六才の時に亡くなった最初の母「桐壺」を思わせる 二.天皇夫人の住居「飛香舎ヒギョウシャ」の別称 御息所:天皇に近く仕える女官「ミヤスンドコロ」 典侍:天皇側近の女官「テンジ」「ナイシノスケ」 女御:第一女官「ニョゴ」 春宮:皇太子、皇太子宮殿 弘徽殿:正妻を含む天皇夫人の住居「コキデン」  年月流れる中で、亡き御息所のことを思い、お忘れになることはない。 「慰めよう」とふさわしい女性達を参上させなさるが「同等にお思いになるのも難し過ぎる状況だな」と何事も面倒にだけ思いなさるようになると「先代天皇の四番目の令嬢、ご容貌がきわだっておられる」との評価、高くいらっしゃる。  母の皇后がこれ以上なくお世話しお話しされているのを、皇居に仕える典侍が先代天皇ご治世の人で、そのお住まいにも親しく参上し馴染んでいたので、あどけなくいらっしゃった時から拝見させていただき、今でも時おり拝見させていただいて、 「亡くなられた奥様のお姿に似ておられる人を、三代に渡る宮仕えなのに見つけられませんでしたが、皇后の宮殿の姫君こそは、本当によう気にかけてお育て上げになられたかと。素晴らしいご容貌の方なんです」  とご報告したところ「まことにや」とお心が留まって、詳細にご連絡をされたのだった。  母の皇后は「ああ恐ろしや、春宮の女御がまじ性格悪くて、桐壺の更衣が露骨に失礼に扱われていた例も不吉で」との思いは秘めて、はっきりとは行動せずにいるうちに、その皇后もお亡くなりになった。  心細い様子でいらっしゃると「せめて我が皇女達と同じ列に、思いを伝えよう」と詳細を極めて連絡させなさる。仕える人々、ご後見達、お舅の兵部卿の御子などが「こう心細くしていらっしゃるよりは、内住みをさせなさってお心も慰めなくては」などと思うようになって、参上させてさしあげたのだった。  藤壺だという。本当に、ご容貌、有様、不思議なくらいにお感じになったのだ。この方は人として位階がまさっており印象が明るくて、他人も貶めて言うことができないので、そのままに振る舞って、それだけである。あの方は他人の認めがなかったから、ご心境があいにくのことになったのかしら。  相手を間違えるというのではなかったが、自然にお心は移って、それ以上になく思い、慰められるようであるのも、ほろっとさせるこ...

高麗人の言葉

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第一章「桐壺」前半より 高麗:朝鮮半島の国家( 918-1392 )「コウライ」「コリョ」「コマ」 相人:顔貌診断の専門家、人相見 宇多 (ウダ) 帝:第59代天皇、在位887-897年 鴻臚館:対外迎賓館 弁: 官職 「大臣」「納言」「弁」の順 春宮:皇太子宮殿、皇太子 執筆年代:1000年代 (推定) 物語年代:900年代(推定) 「御子」光源氏七才  そのころ、高麗人が訪れた中に、尊い相人がいたのをお聞きになり、宮中に呼ぶことは宇多帝のお戒めがあるので、とにかく内密に、この御子を鴻臚館に遣わした。ご後見のようにして仕えている右大弁の、その子のように思わせて連れてさしあげると、相人は驚いて、何度も首をかしげて不審がる。 「国の親となって、上なき帝王の位に上るべき相がおありになる人、という方から見れば、乱れ憂うることがあるのでは。朝廷の固めとなって天下を補佐する方向で見れば、またその相は違うはずです」と言う。  弁もひときわ才能に恵まれた博士で、言い交わした事々なあ、ホント興味深かった。書きものなど作り交換して今日明日に帰国し去るんだというところで、こんなありがたい人に対面した喜びと、振り返れば悲しくなるに違いない心境を巧みに作ると、御子もめっちゃ可憐な句を作りなさったので、どこまでも愛でなさって素敵なプレゼントを捧げさしあげる。皇室からも多くの物がくだされる。自然にそのことは広まって、口には出されないが春宮の祖父大臣などは「どういうことなのか」と疑って思いおられたのだった。  陛下は賢明なお心によって国内の相人をお呼びして「そうか」と思っていたところなので、今までこの君を御子にもなさせなさらなったけど「相人はまことに明察だったのだ」とお思いになり「無冠位の親王で外戚の支援がないように漂わせはしない。我が治世もじっさい定めなきものなので、普通人として王朝のご後見をするのなら行く先も安心なことであろう」と心を決めて、いよいよその道その道の芸能を学ばせなさる。  その度に出来過ぎで普通人としてはもうありえないけど、親王になりなさるなら世の疑いを負いなさるようなこともあるだろうし、占星術のトップエキスパートに検討させなさっても同じ様に申すので「源氏にしてさしあげよう」と思っておいたのだ。 (原文)  そのころ、高麗人の参れる中に、かしこき相人ありけるを聞こし召して、宮の...

はじまり、光源氏の母

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『源氏物語』第1章「桐壺」書き出し 《人物》 女性:宮廷に勤める。光源氏の母となる 男性:おそらく天皇。女性を溺愛する  いつのお代なのか、一等二等の女官が無数にお控えなされている中に、超とんでもない地位ではないが、きわ立つ時の人がいた。  はじめから「わたしは」と意識を高くなされるお方々は、目ざわりな者だと見下し嫉妬なさる。同等かそれより下級の女性達は、まして落ち着かん。朝夕の公務においても、他人の気持を騒がせ続け、怨恨を買った結果であろうか、マジ深刻になってゆき、どこか不安げに引きこもりがちなのを、ますますさらに「可憐な人だ」とお思いになり、人の批判にも配慮なさることができず、世の物議にもなるようなお振る舞いである。 (原文)  いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。  はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせたまはず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

彼女の猫

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第34-35章「若菜」上下より  ついたてをてきとうに引きのけていて、人がそれなりにいるように見える。  洋猫の、ごく小さくて愛らしいのを、少し大型の猫が追いかけて、いきなりすだれの端から走り出てきた。人々が怯え騒いで「そよそよ」と身じろぎサ迷う気配。衣類の音が耳にうるさい気がする。  猫はまだよく人にも慣れてないかな、とても長い紐が付いているのを何かに引っ掛けて纏われているのを「逃げる」と引っ張り合うのだが、すだれのほうがもうあらわに引き開けられてるのをすぐに引き直す人もない。この柱のとこにいてた人達も、気持が泡立って物怖じしてる雰囲気だよ。  ついたての境を少し入ったところに、裾を長くひいた衣裳で立ちなさる人がいる。  階段から西の、二の間の東の側なので、見まちがうところもなくありありと目に入れられる。紅梅ではないかな、濃い薄い次々に無数に重なってる。境目が華やかで、糸で閉じた書物の端のように見える。桜柄の織物を下に着ているんだな。  髪の先まで鮮やかに見えるわ。糸を撚り掛けているようになびいて、先端はふさふさと削がれている。じつに美しい感じで、二十二三センチくらいか伸ばしなされるのが着物の裾に降りてマジ細くサラサラで、その姿、髪がかかっていなさる横顔、言いようもなくニクい、放っておけないのだ。夕方なので鮮明ではなく奥暗い感じなのが、どこまでも気になる。  ボールに命をかける若者達は、花が散るのも惜しいとは思わない。その様子を見ても、皆そのあらわな光景を「ふ」とも見つけていないはずだ。猫がイタく鳴くので振り返りなさる、その表情や振舞がとてもおおらかで「若く美しい人なんだ」とふいに思ったのだ。 (その後)  その猫を求め取って、夜もその近くに寝ていなさる。  明けて朝になれば、猫のお世話をして撫で育てなさる。人間とは距離のあったその心ももう良くなついて、ともすれば衣服の裾に纏わり寄ってきて寝ころんで親しむのを真剣に「美しい」と思う。超ガン見してその近くに寄って横になりなさると、来て「ねう、ねう」とマジいじらしく鳴くので、グルグル撫でて「悲しいのも消えるかな」と笑顔である。 (原文)  御几帳どもしどけなく引きやりつつ、人気近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひ続きて、にはかに御簾のつまより走り出づるに、人びとおびえ騒ぎて「そよ...

目次

源氏物語、現代訳 目次 (セクションを表す「帖」は「章」と表記しています) 第一章 桐壺(1/2)発端 桐壺(2/2)藤壺 第二章 箒木(1/3)哲学 どんなのが良いか 箒木(2/3)恋愛 こんな恋もあった 箒木(3/3)気配 そこにいるのは誰 第三章 空蝉 第四章 夕顔(1/2)惟光 参上いたしました 夕顔(2/2)右近 あなたが頼りなのです 第五章 若紫(1/3)雀 犬君が逃してしまったのです 若紫(2/3)帰還 若紫(3/3)少納言 少納言、話が長くて意味不明 第六章 末摘花(1)透垣 第七章 紅葉賀(抜粋)青海波 紅葉賀(抜粋)犬君再び 第八章 花宴(抜粋)ミス朧月 第五十三章 手習 (抜粋)あれはなんだ

紅葉賀(抜粋)青海波

 朱雀院の行幸は10月神無月の10日過ぎである。尋常でなく面白いはずの回であったから、お方々は見物できないことを口惜しがった。天皇も藤壺が見ていないのをずっと気にしていたので、リハーサルを御前でさせた。  源氏中将は「青海波」を舞った。相方には大殿の頭中将。容貌も用意も人柄も違っているが、立ち並ぶと、それでも花のかたわらの深山木である。  落ちてゆく太陽の影が鮮やかに射し入ると、音楽が湧き上がり、演舞は高潮を迎えた。足の運び、表情、この世のものとは思えない。詠唱なんかすると「これや、神のカラビンカの声なんら」と声が上がる。面白くあわれなので天皇は涙を拭い、上達部や親王達もみんな泣いた。詠唱終わって袖を打ち直していると、待っていた音楽の賑やかさに表情も冴えてきて「いつもより光っている」と見えたよ。  皇太子の第一女官はこのめでたさについてもただならず思って「『神』とか、空に愛でるような顔かいな。いややあかん」と述べるのを若い女官などは「やな感じ」と耳に止めていた。藤壺は「無分別な心がないから、マシでめでたく見えまし」と思うと夢のような気持に、なったなん。

紅葉賀(抜粋)犬君再び

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 男は「朝拝に参ります」とでさし覗いた。 「今日からは大人らしくなりなさるかや」とうち笑むところ、超めでとう愛敬付いている。いつのまにか雛をセッテングして居流れている。90センチの物入れ厨子一つに品物を設置し、小さな家も作って並べて、ところ狭しとおもちゃを広げてる。 「『鬼やらい』だって犬君がこれをこわしおったのであるから、つくろいおるぞ」てか、マジ大事だと思ってる。 「うん、マジ心無い人のしわざであるな。今つくろいましょう。今日は言忌みをして、もう泣いとらんと」とて出るけしき。ところ狭しで人々が端に出て見ていると、姫も立ち出て見ていて、雛のなかに源氏の君を仕立てて皇居に参上させたりしている。 男:光源氏 姫:のちの第一婦人、紫

花宴(抜粋)ミス朧月

二月の二十日過ぎに、南殿で桜の宴をしたんだ。皇后と春宮が左右にならんで登場した。弘徽殿の女御は中宮がこうしているのをいつもこんちくしょうと思うのだが、見過ごすわけにはいかんので来た。  よく晴れた日の空。鳥も気持よさそうに鳴いている。親王達は上達部から順にその道の者がみな「探韻」をもらって文章を作る。宰相中将が「春という文字をいただきました」と言う声もいつものこの人とは違う。次は頭中将だ。視線がそちらに移るのも「ただごとではない」と思ってるはずだが、そこはお気楽に見せて落ち着かせて、声使いなんかそれっぽくてさすが。 「?」マークの人達は大体が逃げ腰でしょっぱそうにしている。ましてや下っ端の者どもは天皇や春宮の才能がおそれおおくもすごいところにとんでもないお方が沢山なにしておられるものだから恥ずかしくて、晴れ晴れとくもりなきお庭に立って出るあたり半端でお安いことではあるがしんどそうである。老体のハカセ達があやしい風体でよろよろしているのはいつものことだがやはりあわれで、いろいろ拝見するにも笑える。  音楽ももちろん用意されている。だんだん日没になるころに「春のウグイスがさえずる」という演舞がじつに面白くて、源氏の紅葉祝賀のことが思い出される春宮だ。かざしを受け取らせて真剣に頼むので逃げられず、立ってゆっくり袖を返すところを一通り形だけ舞うのが、類のないものにみえる。左大臣は羨ましいのも忘れて涙を落とした。 「頭中将どこよ、遅せえ」ときたので「柳花苑」という演舞を、これはもうすこし長く、こんなこともなと気をつかったのかマジ面白かったので衣装をもらって「これは珍しい」と人は思った。上達部は皆で乱れ踊ったが、夜に入ってからはとくに決まりもない。文学を講義するにも源氏の君のものを講師も読めなくて、句ごとに大声で読む。先生方もこれは、と思っていた。  こういう時にもまずこの人を光らせるのだから、天皇もなんでかおろそかに思うだろう。中宮はその目が止まるたびに、春宮の女御がやたらと憎らしがるのも変だし、自分がこう思うのも嫌だな、と自分で思い返していた。 おおかたに、花の姿を見たのなら、つゆも心のおかれましやわ  心の中にあったこと、なんで漏れたかな。  夜は完全に更けてですね、終了しました。  上達部がそれぞれ引き上げ、皇后と春宮が帰ってしまうと落ち着いてきて、月がじつに明るく輝い...

手習 (抜粋)あれはなんだ

   先に僧都が渡った。えらく荒れておっかないところだなと思った「僧たち、経を読んで」などと言う。この初瀬に付き添っていた高僧と同じようにしている者が、何事があるのか、つきづきしいほどの下級法師に火を灯させて人の近づかない奥のほうに行った。森かと思える木の下をうっとうしい場所やと見入っていると、白いものが広がっているのが見えたのだ。 「あれはなんぞ」と立ち止まって火を明るくして見ると、何かがいる姿である「狐が化けてるんだ、このやろ、見破ってやる」と一人がもう少し歩み寄り、もう一人は「あやよや、よくないものなんだよ」と言ってこの手のものを追い払う印をつくりながらそれでもまだ見守る。頭髪があるので太っている気がするが、この火を灯している僧は遠慮もなく奥のない様子で近寄ってそれを見ると、髪は長くつやつやとして、大きな木が極めて荒々しいところに寄り添って激しく泣く。 「珍しいこともありますな、僧都の坊様にご覧にさせてさしあげねば」と言うと「現に、あやしいことです」と一人が行ってこんなことなん、と話す「狐が人に变化するとは昔から聞くが、まだ見んものだよ」と言ってわざわざ下りてきた。その渡ろうとすることによって、下衆ども皆はかばかしきは御厨子所などのあるべかしき事々をこんな渡りには急ぐものだったので、居静まりなどしてるところに四五人だけでそこにあるものを見るが、変わったこともない。  あやしいので時間が経っても見ている。もう夜も明け切ろうとしている、人か何か確かめてみよう、と心の中でそのための真言を詠み印をつくって試してみると、そうかと思ったのか「これは人だよ、しかも非常の奇怪なものではない。近寄って聞け、亡くなった人ではないだろうから。それか死んでいた人を捨てたのが生き返ったのか」と言う「何のどの人をこの院の中に捨てておいたのか。たとえ本当に人であっても狐や木霊みたいなものが騙して持ってきたにちがいない、と気の毒ではないか。穢れのある場所なんだから」と言ってさっきの宿守の男を呼ぶ。山彦が答えるのもじつに恐ろしい。あやしい事態に額を押し上げて出てきた。 「ここには若い女性など住んでおられるか、こんなことがあるんだ」と言って見せると「狐の仕業なのです。この木の下でなん、時々あやしい業なんかしとります。一昨年の秋もここにおります人の子で二つくらいでありましたのを取ってまって...