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第4章「夕顔」(2/2)右近

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夕顔(2)右近 あなたが頼りなのです 宵が過ぎる頃、少し寝入りなさると、枕のお上にいとおかしげな女がいて、おのがいとめでたいと見たてまつるをば訪ね思わずにこう異なることなき人をおいておわしてときめかせなさるこそいと目覚ましく辛けれ、と言ってこのお傍の人を掻き起こそうとする、と見なさる。ものに襲われる気持ちがして驚きなさると、火も消えていた。憂立ておぼさるので太刀を引き抜いて打ち起きなさって右近を起こしなさる。これも恐ろしいと思っている様子で参り寄った。  渡殿の宿直人を起こして、紙燭をさして参れと言え、とおっしゃると、どうしてまかります、暗くて、と言うので、ああ若々し、とうち笑いなさって手を叩きなさると、山彦の答える声がまじうとましい。人聞きつけられず参らぬのに、この女君はいみじくわななき惑ってどうしようかと思った。汗もしとどになって自失の様子だ。もの怖れをなん理由もなくさせなさる本上にて、いかにおぼさるるにか、と右近も言う。いとおし、と思われて、俺が人を起こそう、手を叩けば山彦が答える、まじうるさい、ここに、しばし、近く、と言って右近を引き寄せなさって西の妻戸に出て戸を押し開けなさると火も消えていた。  風が少し吹いていて、人は少なくて、控える者は皆寝ていた。この院の担当の子、睦まじくお使いになる若い男、またうえ童一人、例の随身だけがいる。呼ぶとお答えして起きてくると、紙燭をさして参れ、随身も弓打ちして絶えず声づくれと仰せよ、人離れたる所に心とけて寝てるものか。惟光の朝臣が来てるのでは、と問わせなさると、控えておったが仰せ言もない、暁月にお迎えに参ろうのよし申してなん、退きおりました、と聞こゆ。  このこう申す者は滝口であったから、弓弦を激つきづきしく打ち鳴らして、火危うし、と言い言い、担当の曹司の方に行った。内に配慮して、名対面は過ぎぬらん滝口の宿直申しいまこそ、と推し量りなさるは、まだあまり更けぬからこそ。  返り入って探りなさると、女君はそのまま臥して、右近は傍らにうつぶし臥していた。  これはなんだ、ああもの狂おしのもの怖れだ、荒れている所は狐などのようなものが人を脅かそうとして恐ろしく思わせるんだろう、まろがいれば左様のものには脅されない、と言って引き起こしなさる。  いと憂立て乱れ気分が悪くおりますので、うつぶし伏しておりましたか。御前にこそ訳も分から...

第4章「夕顔」(1/2)惟光

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夕顔(1/2)惟光 参上いたしました 夕顔  六条あたりのお忍び歩きのころ、御所から退出なさる途中の寄り所に、大弐の乳母がひどく煩って尼になってしまったのをお見舞いしようと、五条にある家を訪ねてゆかれた。  お車が入るべき門は閉ざしてあったので、人をして惟光を呼ばせて、お待ちになるあいだにむつむつした大通りの様子を見渡されると、この家の傍らに、檜垣というものを新しくして上は半蔀を四五間ばかり上げ渡して、すだれなどもすごく白く涼し気なところに、いかす額つきの透き影が沢山見えて覗く。立ち彷徨うような下界を思いやるとあながちに背が高い気持がする。どんな者が集まっているのだと様変わってお思いになる。  お車もかなり地味になさって前駆も追わせなさらず、誰が知るかと気楽になられて少しさし覗いていると、門は蔀のようであり押し上げてある。中を見るほどもない、ものはかない住まいをあわれに「どこへゆくのか」と思ってみると、玉の台も同じことなのだ。  切り懸け立つものに青々としたツルが心地良げに這い掛かっていて、白い花だ。自分一人笑みの眉が開けていた。遠方の人にもの申す、と独り言をなさるとご随身が従いいて、あの白く咲いているのを夕顔と申しておるんです、花の名は人みたく、こう怪しい垣根に咲いておったんですね、と申す。ほんとにまじ小家がちに建て込んでいるあたりでこれもあれも怪しくうちよろぼって、棟々しくあらぬ軒の端などに這いまとわっているのを、口惜しさの花の契りだ、一房折ってまいれとおっしゃると、この押し上げてある門に入って折る。さすがにされていた遣戸口に黃の生絹の単袴を長く着こなした童のいかしたものが出てきてうち招く。白い扇のぐっと焦がしてあるのをこれに置いて参らせよ、枝も情けな気なような花を、と言って取らせていると、門を開けて惟光朝臣が出てきていたのをたてまつらせる。  鍵を置き惑わさせてしまいまして。  えらく不便なことではないか。ものの綾目をお見分けになれる人も控えていないあたりですが、やかましい大路に立っておられて、とかしこまって申す。  引き入れてお降りになる。惟光の兄の阿闍梨、婿の三河守、娘など渡り集っているところに、こういらっしゃっている喜びをまたとない事とかしこまる。  尼君も起き上がって、惜しくもない身ですが捨てがたく思っておりますことは、ただ御前に控えて御覧ぜられること...

第3章「空蝉」全文

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空蝉(うつせみ)  眠れないままに、自分はこんなふうに人を煩わせることはなかったけれど今夜、初めて悲しいと世の中を思い知った、恥ずかしくて永らわないぞと思うようになったのだ、などとおっしゃって、涙さえこぼして伏した。  ほんとうに可憐だ、と思う。手さぐりの細く小さいところ、髪のそれほど長くはない気配の様を通っているのも思いなしか憐れだ。  無理矢理に関わり辿り寄ろうというのも人が悪かろうはず、真剣に目が覚めるようだと思い明かしながら、いつものようにもおっしゃりまつわさず、夜深くお出になると、この子はほんとうに愛おしく寂々しいと思う。  女も並々ならず。心残りなのだが、ご連絡も絶えてない。思い懲りたのだと思ってもやがてつれなくてやみなさりなましかば憂くあろう、しいていとおしきお振舞いが絶えそうにないのも憂たくてあるはず、良いあたりにこうして閉じ込めてん、と思うものだからいつになくぼんやりしがち である。  あの人は気付いてない、と思いながらこれではやむことのできない御心にかかり人悪く思い侘びて、小君に本当に辛くも憂くも思うのに、しいて思い返しても心にすら従わず苦しいのだ。 「そうありぬべき折をみて、対面すべく謀れ」とおっしゃりなさると、わずらわしいけれど、こんな方にてもおっしゃりつわすのは、嬉しく思ったのだった。  幼い気持ちで「どのような折に」と待っていると、紀伊の守が国になどして下りなどして、女たちののどやかな夕闇の道のたどたどしい紛れに、我が車で連れてさしあげる。この子も幼いのにどうしよう、と思うが、それほども思いのどめないために、さりげない姿をして門など閉ざさないうちにと、急いでいらっしゃる。人が見ない方から引き入れて、下ろしてさしあげる。子供なので宿直人などもべつに中を見て追従しない。心安い。  東の妻戸に立ててさしあげて、自分は南の隅の間から格子を叩き声を上げて入った。御達はあらわだな、と言うのだ。 「なぜ。こう暑いのにこの格子は下ろされてる」と聞くと、昼から西の御方がお渡りになって碁をお打ちになった、と言う。 《対局》  さて向かい居ているのを見よう、と思ってやおら歩み出てすだれの間にお入りになった。この入っている格子はまだ閉ざしていないので隙間が見えている。寄ってそのまま西に見通しなさると、この境に立ててある屏風は端の方に押し畳まれていて、紛るべき衝立...

第2章「箒木」(3/3)気配

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箒木(3)気配 そこにいるのは誰  かろうじて、今日は昼間の景色も戻った。こうお籠もりになってばかりでは大殿の御心が心配なので、お出になった。  大方の景色、人の気配もけざやかに気高く、乱れたところは混じらない。  なおこれこそはあの、人々が捨てられず取り出した、真面目人間には頼まれないよな、とお思いなものだから、あまりに麗しいご様子で馴染めずに恥ずかしげに思い沈んでおられるのが寂しく寂しく、中納言の君やナカツカサ中務などのような普通と違う若者達に冗談などおっしゃりつつ、暑さに乱れなされるご様子を「見る甲斐あり」と思いきこえたのだ。  大臣も渡りなさって、打ち解けなされるが、衝立て隔てておわしましてお話し聞かせなさるを 「暑キニ」とにがりなさると、周囲は笑う。 「あなかま」とで脇息に寄っておられる。まじ安らかなるお振る舞いじゃない。  暗くなる頃に「今夜、中神、御所からは塞がっておりまして」と聞こえる。 「よせよ、いつもは忌みなさる方だったな」 「二条院へも同じ筋だに、どちらに違おうか、マジ悩ましいに」とで大殿籠った。 「めちゃ悪い事です」とあれこれ聞こえる。  紀伊の守で親しくお仕えしている人が「中川の辺りの家なあ、このごろ水を堰き入れて涼しい日陰であります」と聞かせる。 「超良かです。悩ましいで、牛ごとで引き入れられそうな所を」とおっしゃる。  忍び忍びの御方違え場所は無数あるはずだけれど、長く間を置いてお渡りになると方角塞がって、引き違え別方へと思うのはいとほしきなるべし。  紀伊の守に仰せ事を下すと、受けたまわりながら引いて、 「伊予の守の部下の家に慎むことがありまして、女性なあ引き移ってるとこにで、狭い所にありませば、失礼なることありましょうや」  と部下に当たるのをお聞きになり、 「その、人近かろうなん嬉しかろはず。女性に遠い外寝はものおそろしい気分だからな、ただその衝立ての後ろに」とおっしゃると、 「まさに、結構なおまし所にでも」と人を走り行かせる。  超内緒でことさらに大げさではない所を、と急ぎお出になると、大臣にも伝えなさらず、お供も親しい者だけでいらっしゃった。 「急に」と困るが、この人も聞き入れない。 《紀伊守屋敷》  寝殿の東面を払い開けさせて、仮りそめのご設営をした。水の印象などそのように雅びにしておいた。田舎の家のような柴垣をして、前栽な...