第3章「空蝉」全文
空蝉(うつせみ) 眠れないままに、自分はこんなふうに人を煩わせることはなかったけれど今夜、初めて悲しいと世の中を思い知った、恥ずかしくて永らわないぞと思うようになったのだ、などとおっしゃって、涙さえこぼして伏した。 ほんとうに可憐だ、と思う。手さぐりの細く小さいところ、髪のそれほど長くはない気配の様を通っているのも思いなしか憐れだ。 無理矢理に関わり辿り寄ろうというのも人が悪かろうはず、真剣に目が覚めるようだと思い明かしながら、いつものようにもおっしゃりまつわさず、夜深くお出になると、この子はほんとうに愛おしく寂々しいと思う。 女も並々ならず。心残りなのだが、ご連絡も絶えてない。思い懲りたのだと思ってもやがてつれなくてやみなさりなましかば憂くあろう、しいていとおしきお振舞いが絶えそうにないのも憂たくてあるはず、良いあたりにこうして閉じ込めてん、と思うものだからいつになくぼんやりしがち である。 あの人は気付いてない、と思いながらこれではやむことのできない御心にかかり人悪く思い侘びて、小君に本当に辛くも憂くも思うのに、しいて思い返しても心にすら従わず苦しいのだ。 「そうありぬべき折をみて、対面すべく謀れ」とおっしゃりなさると、わずらわしいけれど、こんな方にてもおっしゃりつわすのは、嬉しく思ったのだった。 幼い気持ちで「どのような折に」と待っていると、紀伊の守が国になどして下りなどして、女たちののどやかな夕闇の道のたどたどしい紛れに、我が車で連れてさしあげる。この子も幼いのにどうしよう、と思うが、それほども思いのどめないために、さりげない姿をして門など閉ざさないうちにと、急いでいらっしゃる。人が見ない方から引き入れて、下ろしてさしあげる。子供なので宿直人などもべつに中を見て追従しない。心安い。 東の妻戸に立ててさしあげて、自分は南の隅の間から格子を叩き声を上げて入った。御達はあらわだな、と言うのだ。 「なぜ。こう暑いのにこの格子は下ろされてる」と聞くと、昼から西の御方がお渡りになって碁をお打ちになった、と言う。 《対局》 さて向かい居ているのを見よう、と思ってやおら歩み出てすだれの間にお入りになった。この入っている格子はまだ閉ざしていないので隙間が見えている。寄ってそのまま西に見通しなさると、この境に立ててある屏風は端の方に押し畳まれていて、紛るべき衝立...