第2章「箒木」(2/3)恋愛

この女のあるよう、もとより思い到らなかった事にも、いかでこの人のためにはと、ない手を出し、遅れている筋の心をもなお口惜しくは見えまいと思い励みつつ、とにかくにつけてどこか生真面目に後見し、露ほども自分をあざむくことはしたくないと思っていたところ、すすめる方と思ったけれど、とかくになびいてなよびゆき、見にくい形でもこの人が見や疎まれんとわけもなく思い繕い、疎い人に見えば面伏せに思わんかと遠慮し恥じて、操に持て付け、見馴れるままに気持も変ではなくておりましたが、ただこの憎き方ひとつなん、心をおさめずにおりましたよ。
そのかみ思っておりましたよう、こうあながちにしたがいおじたる人なめり、なんで懲るばかりの業をして嚇して、この方も少しよろしくもなり、性無さも止むかと思って、まことに憂いなども思って絶えないような気色ならば、こうまで我にしたがう心ならば思い懲りなむと思いなさり得て、ことさらに情けなくつれないさまを見せて例の腹立ちを怨ずると、こうおぞましくはいみじい契り深くとも絶えて再び見まい、限りと思えばこう理由のないもの疑いはせよ、行く先長く見えむと思えば辛いことがあるとも念じて、斜めに思いなって、こんな心でも失せなばいとあわれとなん思うべき、人並々にもなり少し大人びるに添えてもまた並ぶ人なくあるべきようなど、かしこく教え立てるかなど思いなさって、我たけく言いそしておりますと。
少し打ち笑って、すべてに見立てなくものげないほどを見過ごして、人数なる世もやと待つ方は超のどかに思いなされて心疚しくもない、辛い心をこらえて思いなおらん折を見つけようと年月を重ねんあいなだのみはまじ苦しくなんあるはずなので、互いに背きぬべき刻みになむある、と妬気に言うので腹立たしくなって、憎気な事達を言い励ましておりますと、女もおさめられない筋であって、指一つを引き寄せて食べておりましたを、おどろおどろしくかこちて、こんな疵さえ付きぬればいよいよ交際をすべきではない、はずかしめなさるだろう官位、いとどしく何につけてかは人めかん、世を背きぬべき身なめり、など言いおどして「さらば、今日こそは限りなめれ」とこの指を折り曲げて退出した。
手を折って、あい見たことを数えれば これ一つやわ、君の憂きふし
恨むことはできない、と言っておりますのでさすがに打ち泣いて、
憂きふしを、心一つに数えきて こや君の手を、別るべきおり
と言いしろいおりましたが、まことには変わるべきこととも思いなされずながら、日頃経るまで連絡も送らずに、あくがれまかり歩くに、臨時の祭の調楽に、夜更けていみじう霙降る夜、これかれまかりあかるる所にて思い巡らせば、なお家路と思わむ方はまたなかりけり。
内裏わたりの旅寝はすさまじいはずで、気色ばんでいるあたりはそぞろ寒いか、と思われたのですが、いかが思えると、気色も見がてら雪をうち払いつつ、なま人悪く爪食わるれど、さりとも今夜日頃の恨みは解けなむ、と思いましたに、火を仄かに壁に背け、萎えている衣類の厚肥えているのを大いなる籠に打ち掛けて、引き上げるべきものの帷子などをうち上げて、今夜ばかりかと待っているようなのだ。
「さればよ」と心おごりするが、正身はなし。そういう女房達ばかり泊まって、親の家にこの夜さりなむ渡りぬる、と答えておりました。艶なる歌も詠まず、気色ばんだ消息もせず、いとひたや籠もりに情けなかったので、あえない心地がして、性無く許しがなかったけど我を疎もうと思うほうの心があったんだと、さしも見ませんでしたことだけど、心疚しいままに思っていますと、着るべき物、常より心留めてる色合い、しざま、いとあらまほしくて、さすがに我が見捨ててん後をさえなあ、思いやり後見たのだ。
それでも絶えて思い放つようはないぞと思いましてとかく言っておりましたが、背きもせずと、尋ね惑わさむとも隠れ忍びず、かかやかしからず答えつつ、ただ、ありしながらは、見過ごすことができない。あらためてのどかに思いならばなむ、あい見るべき、と言ったのを、そうとも思い離れられないとお思いになるのなら、しばし懲らそうという心にて、しかあらためむとも言わずにいたく綱を引いて見せるあいだに、いといたく思い嘆いて儚くなっておりしかば、戯れにくくなむ思っておりました。
一筋に打ち頼んでいた方はそうばかりであったはずでなむ思い出されます。儚い仇事をも真の大事をも、言い合わせていたことに意味がなくはなく、龍田姫と言わむにもつきがなくはなく、織女の手にも劣るまじくその方も具してうるさくなむいたのだ。
と言って、まじ憐れだと思い出したのだ。中将はその織女の裁ち縫うところをのどめて長い契りにぞあえまし、げにその龍田姫の錦にはまた並ぶものがないでしょう、儚い花紅葉というが、折節の色合い尽きなく捗捗しくないのは露がはえなく消えてゆく業だよ、そうあるのだから難しい世とは決めかねているのでは、と言い囃しなさる。
さて、また同じころにまかり通った所は、人も立ちまさり心ばせまことに故ありと見えぬべく、打ち詠み走り書き掻き弾く爪音手つき口つき皆たどたどしくなく、見聞き渡っておりました。見る目もことなくおりましたが、このさがな者を打ち解けたる方にて時々隠れ見ておりましたときは、こよなく心が留まっておりました。この人がうせてのち、どうしたのかあわれながらも過ぎてゆくのは甲斐がなくてしばしばまかり馴れるには、少し眩く艶に好ましいことは目につかない所があるのに、打ち頼むようには見えず、されがれにのみ見せているうちに、忍んで心を交わす人があったらしい。
神無月のころ月が面白かった夜に、内裏からまかでておりましたらある上人が来合ってこの車に相乗っておりまして、大納言の家にまかり泊まろうとしたらこの人が言うのは、今夜人を待つような宿などあやしく心苦しい。この女の家はちょっと避けぬ道なので荒れている崩れから池の水が影見えて、月さえ宿る住み家を過ぎてしまうのもさすがにで、下りましてですね。もとからその心を交わせるにやあったか、この男はいたくすずろいで、門に近い廊の簀子的なものに尻をかけてとばかり月を見る。
菊がじつに面白く移ろい渡り、風に気負える紅葉の乱れなど、憐れとまじ見えた。懐にあった笛を取り出して吹き鳴らし、影もいいなどとつづしり歌ううちに、よく鳴る和琴を調べ整えたりける、麗しく掻き合わせていたあたり、変じゃなかったかな。律の調べは女がもの柔らかに掻き鳴らして、簾の中から聞こえているも、今めいているものの声なれば、清く澄んだ月におりつきなからず。
男はいたく愛でて、簾のもとへ歩み来て、庭の紅葉こそ踏み分けたる跡もなけれ、などねたます。菊を折って、
琴の音も 月もえならぬ宿ながら つれなき人を 引きとめやける
悪かめり、などと言って、もう一声、聞き囃すべき人のある時、手な残い給いそ、などいたくあざれかかれば、女、声いとうつくろいて、
木枯らしに 吹き合わすめる笛の音を 引き留むべき ことの葉ぞなき
と艶めき交わすと、憎くなるのも知らず、また箏の琴を盤渉調に調べて今めかしく掻き弾いている爪音、かどなきにはないけど、眩い心地なんしていました。ただ、時々打ち語らう宮仕え人などのあくまでさればみすきたるは、さても見る限りはおかしくもありぬべし。時々にてもさる所にて忘れぬよすがと思う給えんには、頼もしげなく差し過ぐいたりと心おかれて、その夜の事にことつけてぞまかり絶えにしか。
この二つのことを思う給え合わするに、若い時の心にさえ、なおそのようにもて居出たる事はいとあやしく頼りなくおぼえましたよ。今から後はましてさのみなん思う給えるべき。御心のままに折れば落ちるべき萩の露、拾えば消えようと見る玉笹の上の霞などの、艶にあえかなる好き好きしさのみこそ、おかしくおぼさるらめ、今さりとも七年あまりのあいだに思い知りましたなん。何某のいやしい諌めにて好きたわめらむ女に心を置かせてください。過ちして見む人のかたくななる名をも立てつべきものだよ。
と戒める。中将はまたうなづく。君は少し片笑んで、そのこととは思っているようであった。いずれにしても人悪く端たなかった自分話だな、とうち笑っておられるんだぞ。
中将が、何某は馬鹿者の物語をしよう、と言って。
超忍んで見そめていた人の、さても見ているような気配だったので、ながらうはずのものとしも思っていたのですが、馴れてゆくままに憐れと感じていたので、絶え絶え忘れないものに思っていましたのを、それだけになればうち頼む感じも見えた。頼むについては恨めしいと思うこともあろうと、心だけで思う折々もありましたが、見知らぬようにして、久しきと絶えをもこう偶然である人とも思い足らず、ただ朝夕にもてつけている有様に見えて心が苦しかったので、頼み渡る事などもあったのかな。親もなくじつに心細そうでそれならこの人こそはと何かある度に思っている様子も労たげだった。
こうのどかにおだしくて、しばらくまからなかった頃、このご覧になっているあたりから、情けなく憂くある事をですね、ある便りがあって霞め言わせたということで、後で聞きましたのか。そんな憂い事があっとんだとも知らず、心に忘れずながら、消息などもせずにしばらくしていましたが、無下に思い萎れて心細かったので、幼い者などもあったろうに思い煩って、撫子の花を折って寄越したんです。
と言って涙ぐんだ。ではその手紙の言葉は。そう聞くといや、おかしなものではなかったなあ。
山がつの 垣は荒るともおりおりに あわれはかけよ なでしこの露
思い立ったままにまかったのでしたが、例のうらもなきものから、まじもの思い顔で、荒れた家の露しげきを眺めて虫の音にきおえる景色。昔の物語のようでした。
咲きまじる 色はいずれと分かねども なお常夏に しくものぞなき
大和撫子をさしおいて、まず塵をだになどと親の心をとる。
うち払う 袖も露けき常夏に あらし吹きそう 秋も来にけり
と儚く言いなして、真剣で恨んでいる様子も見えない。涙を洩らし落としてもじつに恥ずかしく慎ましげに紛らわし隠して辛さをも思い知っていたと見えるのは、理不尽に苦しいものと思ったので、心安くてまた途絶え置いていましたあいだに、跡もなくこそ掻き消えて失せたのか。
まだ世にあれば、儚い世界をさすらうんだろうか。あわれと思っているうちに、煩わしげに思い惑うように見えていたのなら、こうも憧れさせまい。こよないと絶え置かず、そういうものとしておいて、長く見るようもありましたでしょうか。あの撫子の労たくありましたので、どうしよう訪ねようかと思っておりましたが、今でも聞きつけることができないのです。これこそ言われている儚い出来事なんでしょうか。つれなくて辛いと思っていたのも知らず、あわれは絶えなかったのも、益のない片思いであった。今だんだんと忘れてゆくところに、かれはた、でも思い離れられず、時には人やりならぬ胸焦がれる夕辺もあろうと思っています。これなん保つことができず頼りないものなのです。
それでは、あのさがな者も、思い出されているものは忘れがたいけれど、さしあたって見るには煩わしく、よくせずは飽きたきこともあったんじゃないか。琴の音をすすめていた角々しさもすきたる罪は重いはずだよ。この心もとなさにも疑いが加わるので、どれだと結局は分からないことになってしまったんだ。
世の中なあ、ただこうなんだ。あれこれと比べて苦しいものなんだ。この様々の良き限りを取り具し難ずべき草を這い混ぜない人がどこかにいるのか。吉祥天女に思いを懸けようとすれば、仏テイストに薬師っぽくなるのがまた侘しいんだよなそうだよなあ、と言って皆笑った。
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と申すと、残りを言わせないといってさてさておかしかった女だなとすかしなさるのを心は得ながら鼻のあたりをこづいて語りをする。
さて、もう久しくまからなかったところ、ものの便りに立ち寄りましたら、いつもの打ち解けたようではおりませんので、心のやましい物腰でまあ会っております。ふすぶるにかと、おこがましくも、また良い頃合いなりにとも思っておりましたら、この賢い人はそんな軽々しいもの怨じをするはずもなく、世の道理を汲み取って恨まなかったのだ。声を速やかに言うのは、月ごろは風病が重いのに耐えられなくて極熱の草薬を服してやたら臭いのでもう対面いたせません、目の前でなくてもさうでないような事はうけたまわりましょう、とじつにあわれにむべむべしく言っておりました。
返事に何とかは。
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ささがにの ふるまいしるき夕暮れに ひるま過ぐせと 言うがあやなさ
笹蟹の 振舞い派手な夕暮れに 昼間にしろと 言うの綾無さ
どんなこと付けますか、と言い終わらずに走り出て控えていましたら、追って、
逢うことの 夜をし隔てぬ中ならば ひるまも何か まばゆからまし
さすがに口速くなどはおりませんでした。
と静々と申すと君達はあさましいと思い、そらごとだとお笑いになる。どこにそんな女がいるんだよ、おいらかに鬼と付き合っていたんたろ、むくつけきことだと爪弾きにして何も言いようがないと式部をあわめ罵って少し良さそうなことを話せとお責めになったが、これ以上珍しい事はございますでしょうか、と居た。
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歌を読むと思っている人が、やがて歌にまつわれ、おかしい古事をもはじめから取り込みつつ、すさまじきを折々詠みかけている事こそものしきなれ。返しをしなければけなし、できなかった人ははしたなかろう。さるべき節会など、五月の節に急ぎ参る朝、何のあやめも思いしずめられないのに、えならぬ根を引きかけ、九日の宴に、まずかたき詩の心を思い巡らし暇のない時に、菊の露をかこち寄せなどようの、つきなきいとなみに合わせ、さならでも、おのずから、げに後に思えばおかしくもあわれにもあべかりける(あるべくあった)事の、その折につきなく目にとまらぬなどを、推し量らず詠み出している、中々心おくれて見える。
よろずの事に、などかは、さても、とおぼゆる折から、時々思い分けられないばかりの心では、よしばみなさけ立たないのがなん目安かるべき。すべて心に知れらむ事をも知らず顔にもてなし、言わまほしからむ事をも一つ二つのふしは過ごすべくなんあべかりける。
と言うにも、君は人ひとりの御有様を心の内に思い続けなさる。これに足らず、またさし過ぎたる事なくものしなさったのかな、とありがたさにもとても胸がふさがる。いず方に寄り果つともなく、はてはてはあやしき事々になって明かしなさりつ。
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